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並木中学校

昭和57年4月1日開校。並木地区内に造られた二番目の中学校です。

並木中学校

校舎建築は松本陽一設計事務所によるもの。

横須賀・横浜育ちの松本氏は「目をつぶっていても、四季に変化する風景や街なみの情景・人々との出会いを思い浮かべることができる」というほど神奈川に思い入れがあるそうで、並木中学校の他にも県立金沢文庫や横浜市立大学校舎など、数々な建築を県下に生み出してきました。

三角形の昇降口は、独特な天井と吹き抜けが印象的。

校舎は船をモチーフにしていると伝えられているそうで、随所にそれらしい造形が。

開校当時は埋立開発の最中で周りに建物がなく、並木第三小学校(現・横浜なみきリハビリテーション病院)のあたりから校舎の全貌を臨めた出来るほど。草原にひっそりと佇んでいるようだったといいます。

埋立直後はグラウンドの土がふかふか過ぎて不自由だったという思い出話も。

校地面積は当時市内5番目。

校舎には、教育の将来を見据え多用途の利用が出来るようにと、大きく空間を取った「学習センター」が設けられました。

斜めの屋根が特徴的な学習センター。全校児童が一堂に会することが出来る。

雨の日には部活の朝練も行うのだそう。

文化行事週間には学習展示の場としても。

学習センターの他、校内の様々な場所に

卒業制作と思われる絵が飾られています。

見る場所によってさまざまな表情を持つ校舎

金工室と理科室

開校翌年に教室を増設。昭和61年には更に新校舎(D棟)が造られました。

増築部分となる4階建てのD棟。

1階にはピロティと昇降口も設けられ、1000名を超える生徒数に対応していましたが、現在は閉鎖されています。

昭和62年、5周年記念にあたり寄棟造の道場を造成。

現在も柔道・剣道に利用されています。

 

校章は初年度6月に制定。

これをもって6月1日を開校記念日としています。

学校周辺の街路樹である銀杏がモチーフ。創立当初はまだか細かったものが、いずれ大樹の並木となることを夢見てデザインされました。銀杏は「神奈川県の木」でもあり、同時に金沢文庫・称名寺の大銀杏にもちなんでいるのだそう。

校長室に掲げられた校歌。

校歌は昭和59年に完成。初の3年通しての卒業生に間に合うようにと作られました。 作詞は金子保雄氏、作曲・小野達治氏。埋立地に造られた並木中学校を「世界の文化の交流する姿を一望する場所」と雄大に表現しています。

プール棟の壁に設置された「創立20周年記念共同制作」は

生徒1人1人が並木中学校の校歌をイメージし描いたもの。

 

教育活動の中心には「並木中学校生徒憲章」が据えられています。2004年頃に生徒達が話し合いを重ねて作成したもので、以降現在まで脈々と受け継がれてきました。

「ひとは一人ひとり違っていてあたりまえ」「こんなふうに、かけがえのない『わたし』の集まりだから、お互い認め合い、信じあい、そして高めていこう」。

この憲章は、昇降口や体育館などにも掲げられています。

生徒憲章の精神を具体化する方法の1つとして、平成15年に自由服の着用が開始されました。ブルーを基調とした標準服は入学式等の儀式やテスト期間中等に限られ、その他は私服が認められています。

総ガラス張りの明るい渡り廊下。

各委員からのポスターや校外学習のために作られた横断幕などが掲げられています。

渡り廊下入口には、歴代生徒の表彰がずらりと。

開校初年度の修学旅行は、富岡東中学校と合同開催。バス1台で京都・奈良をまわりました。平成19年からは航空機を使って長崎へ。被爆地を訪問する平和研修の他、明太子づくり体験や柳川下りをする年も。

2年生の自然教室は毎年長野県飯山市戸狩で行い、農業や火起こし・カヌー体験などを行います。6~8人ほどのグループで民宿に滞在、それぞれの家庭での交流も大きな思い出になるのだそう。

階段状の作りが珍しい音楽室(上写真は3枚の写真を合成しています)

正門脇の緑色の屋根の部分にあたります。

毎年10月は文化行事週間。合唱発表の部は磯子公会堂にて行います。

少子化に伴い生徒数は減りましたが「その分小回りが利きます」と現校長。合唱コンクールは会場収容人数の都合で学年ごとに入れ替えをする学校もある中、並木中学校は全校生徒が最初から最後まで一緒に行うことができるとのこと。アットホームな雰囲気が学校の強みになっています。

図書室。

「君の名は。」のプロデューサーとしても知られる作家・川本元気氏は並木中学校の出身。

 

地域との関わりの機会も多く持たれています。サマーフェスタ後の清掃ボランティア活動などの他、住民との協力で学校内外の紫陽花の手入れをする「紫陽花学園(こちらに詳しく記載)」は2018年度に15周年を迎えました。

地域連携事業としてのマラソン大会も恒例となり、なぎさ団地や第四小付近など、3丁目内をぐるりと巡るコースを生徒たちが駆け抜けます。

金沢シーサイドタウン地区社会福祉協議会のロゴマークも、公募の中から並木中学校生徒のデザインが採用されました。

 

学区は元々、第三・第四小区域が対象でしたが、新設された中央小の生徒は、富岡東・並木中のどちらに進学するかを選択できるようになりました。そのため学年によって生徒数が大幅に異なることもありますが、地域の子どもたちを受け入れる想いは変わりません、と現校長の河島先生。

あいさつを大切にする並木中学校。校内には「あいさつでみんなに広がる笑顔の輪」、昇降口には「あいさつで笑顔輝く並木のまち」のスローガンが。

これからのまちの担い手として成長を期待し、見守りつづけていきたい学校です。

 

参考文献

並木中学校 創立5周年記念誌(S64.10)

横浜の学校建築1982 (横浜市教育委員会施設部編 S57.10)

学校だより「幸浦の風」2014.4

並木中だより H25.6

協力

河島一先生(並木中学校校長)

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