並木第一小学校
昭和53年9月1日開校。槇総合計画事務所が手掛けた校舎が印象的な、並木最初の小学校です。シーサイドタウンの未来を担い、新しい公立学校のモデルになるようにとの願いを込めてつくられました。
建設中の様子(1978年。金澤写真アルバムより)
広々とした校舎は800人まで生徒収容可能としていましたが、住民の入居が本格的に始まると毎月10人以上の転入生があり、昭和55年に3階建ての教室棟を増築(下図の紫枠部分)。同年には第二小も新設されるなど、街の成長と共に状況は日々変化していきました。
上空からの並一小。校舎の配列が「並一」の文字のよう。
水色枠が校舎の中心となる「かまぼこ通り」。そこから東西に教室棟が連なり、ぶどうの房のように見えることから"クラスター配置"と呼ばれています。
槇総合計画事務所は並木全体のマスタープランも手掛けており、街のテーマである「道を軸としたコミュニケーションづくり」が、この学校建築にも取り入れられました。
校舎の両サイドにはメインの通りがあり、団地の小路がそこへ垂直に交わります。住民は学校の門(上図〇印)から矢印のように自由に敷地内を通り抜けることが出来、その動線が街のグリッドの一部となるように設計されていることが解ります。
(1997年の神戸市須磨区の事件以降、学校周囲はフェンスが設けられ、通り抜けは出来なくなりました)
正門。向かいには富岡東中学校、道路を挟んで並木保育園、裏手には並木幼稚園。教育機関が揃って創設されることもニュータウンならでは。最長約10年にわたりこのエリアに通い続ける子どもも居て、各校は年齢・所属を問わず、共にこの場で成長を見守ります。
正門を入ると体育館とほぼ同じ広さの「緑の広場」。両サイドには2つの昇降口。
かまぼこ通りと交わる「青空通り」は、緊急時の車両と児童との動線を立体的に分ける効果もあります。
昇降口は、扉そのものが緩やかなカーブを描く贅沢な作り。
校舎に入るとすぐ、スリットの光が美しい「虹の広場」。
校舎の中心軸である「かまぼこ通り」。
小学校時代は人生で大切な時期。その時期を、自分たちの家のように感じながら過ごしてほしいという願いが込められています。天井の柔らかな曲線は、校章のモチーフにもなりました。
ギャラリースペースとしても活用され、常に色とりどりの作品が並びます。
歴代卒業生が手掛けた掲示板も。
天井半分が吹き抜けという個性的な廊下空間。
吹き抜け2階部分。元はここに校長室がありましたが現在は1階に移り、より子どもたちに近くなりました。
教室の中でも、十二天公園に面した部屋は特に窓からの緑が豊か。
付近を通る住民の姿も見え、街を身近に感じます。
各教室は廊下にワークスペースが設けられ、ゆったりとした印象。
教室の扉や壁は全て木造間仕切りで、取り払えば二倍の広さになります。より自由なカリキュラムに対応可能とのこと。創立当時多くの学校で採用されていたオープン・スクールを想定したつくりです。
第一小学校は国際教室も盛ん。ベトナム・ペルー・バングラデシュなど、多くの国の子どもたちが共に学校生活を送っています。時には一緒に給食を食べることも。
個別指導学級の人数は金沢区内で一番多く、5人の先生方が一人一人と丁寧に向き合います。
増設棟はワークスペースを設けることが出来なかったため、代わりにつくられた「レンガ広場」。1クラス分の人数が一度に集まれる広さ。ここには陶芸の窯も設置されています。
ルーフガーデン「太陽広場」。子どもたちは空の下でのびのびと観察学習や体験学習 をしています。
校内のあちこちに、個性的な窓。
街並みや緑をいつも感じることができます。
ゆったりソファが置かれた図書室。司書さんの丁寧な紹介で、本に興味を持つ子どもが増えているそう。
図書室からは「並木北コミュニティハウス(旧・教室棟)」へ繋がっていて、和室で茶道の授業が行われることも。
体育館入口。地域住民への開放を想定したつくり。一見スポーツセンターのようです。
カラフルな壁も第一小の特徴。
エントランス脇の「オレンジ広場」は、子どもたちだけでなく体育館を利用する住民のロビーとしての役割も。夜は文字通りオレンジの光が溢れます。
体育館と平行して25mプールが設置されています。
校歌制定の年、6年生が自ら彫った卒業制作。
並一では校歌の他、30周年時に「並一ソング」がつくられ、新1年生を迎える会などで歌われています。現在40周年に向けて生徒から歌詞を募集、音楽の先生が「パート2」を制作中とのこと。
校章は「三つの和」をテーマに、校舎と同じく槇総合計画事務所が手掛けたもの。「学校・家庭・地域社会の調和」を願ってデザインされました。
かまぼこ通りの曲線は40周年記念の航空写真にも取り入れられ、子どもたちにも親しまれている様子です。
2017~2018年、外壁塗装工事を実施。
元はコンクリート打ち放しの表面にアクリル樹脂を吹き付けた質感でしたが、40年の月日で汚れが目立つようになり、懸案になっていました。
「創立当初に可能な限り戻し、デザインを損なわないように」。槇事務所の監修の元にペンキの色を決定し、ローラーではなく職人がポンポンと叩きながら丁寧に塗装。打ち放しの表情を再現した、美しい仕上がりになりました。
手前が修繕前の色。外構や校舎の一部は修繕対象外だったため、創立当初の色が残っています。少しずつでも綺麗にしていきたい、と、現校長。
校庭より。
1階棟・2階棟・3階棟を同時に目にすることが出来る、教職員のみなさん一推しのアングルです。
広々とした校庭には、南国のような変わった樹や、隅のちょっとした憩いの場など、様々な表情が。
並一生の特徴は「子どもたちに笑顔が多く、よく声をかけてくれること」と、現校長の川村先生。それと同時に「率先して教職員が楽しむ姿を見せることが、元気な子どもをはぐくむ一番の方法だと思います」ともお話下さいました。
90号を超えた学校広報誌「なみき」。カラー写真満載で学校の様子が一目でわかる、広報委員のみなさん渾身の作です。
「並一博」は1989年の「横浜博」にちなんで始められたもので、学習発表会などを行います。その他「並一カップ(運動会)」や、1・6年生合同の遠足など、学年を超えた交流も。
校長が自ら手掛ける40周年関連ポスター。「NAMIKI 1-7-1」には、この学校が並木の街の一部であるという気持ちが込められています。
1丁目の夏祭りには教職員一同で参加してまわったりと、積極的に地域へ出ていく姿も印象的です。休み中の学校の花の水遣りは住民の方々の協力があるなど、お互いの関係・人との繋がりを大切にしつつ「協働して子どもたちを育みたい」という想いが色々な形で表れています。
50周年に向け、今はバトンをつなぐ「テイク・オーバー・ゾーン」。学校の伝統と歴史を繋ぎながら、子どものまっすぐな成長を見守りたい。でも時には、並木各所に設けられている「小径」「休み場」のように、ふらりと寄り道したり脇道に逸れるような生き方をしても良いじゃないか…。そんなおおらかな気持ちを、随所に感じることが出来る小学校です。
参考文献
並木第一小学校10周年記念誌
横浜の学校建築1982 (横浜市教育委員会施設部編 S57.10)
並木第一小学校平成30年度学校要覧
「へぇーすすんでるー」"超近代的"な横浜市立並木第一小(神奈川新聞S53.10.2)
協力
川村真弘先生(並木第一小学校 第十二代校長)
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