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富岡並木ふなだまり公園


富岡並木ふなだまり公園 1

かつては富岡漁港として入江だった場所。

金沢地先埋立に際し、主に富岡八幡宮の「祇園舟神事」の水域を残すことを目的として作られました。

富岡並木ふなだまり公園 2

赤線は並木と富岡との境。この公園は住所表記上は富岡ですが、水域は並木地区になります。これが「富岡並木ふなだまり公園」という名前の所以。

 

金沢区富岡の沿岸部を埋め立てる「金沢地先埋立事業」を横浜市が発表したのは1965年。その目的は主に、高度経済成長による人口増加対策と、市内に混在していた多くの工場の移転用地を新たに造ることでした。

当時の富岡地区の海は、海苔の養殖を始めとする漁業が盛んでした。また富岡八幡宮では、800年以上の伝統をもつ「祇園舟神事 ※註」が継承されており、地域住民は埋立てにあたり多くの変化を迫られることになります。

ふなだまり公園・八幡宮祇園舟神事ルート

埋立前当時は、富岡八幡宮の石段を降りてすぐに砂浜・海があり、祇園舟は参道からほぼ直進する形で漕ぎ出していました(画像上の矢印のルート)。

埋立後も変わらずに神事を継続できるよう、八幡宮宮司と横浜市港湾局担当者が折衝を重ねた結果がこの「ふなだまり」です。祇園舟を行うためには舟を発着させるための砂浜も不可欠であり、話し合いの結果、現在のような水域が残されることになりました。

2017年祇園舟神事

2017年の祇園舟神事の様子

埋立が本格化する前から近海にはテトラポットが設置され、艪漕ぎ舟を出すことが出来ず、やむを得ずモーター付き漁船で迂回しながら神事を行った年も。またある年は、埋立直後の砂漠のような土地の中、トラックで舟を沿岸まで運び、そこから沖へ出たこともあったといいます。

こうして埋立造成中の様々な状況下でも祇園舟は一度も中止されることなく、現在まで続いてきました。富岡八幡宮・周辺住民・「祇園舟保存会」の尽力の甲斐あって、「祇園舟」は平成二年に横浜市指定無形民俗文化財第一号に指定され、今も毎年7月の例大祭として受け継がれています。

2017年祇園舟

従来は約2kmほどの沖へ出ていた祇園舟。現在は富岡川を経て幸浦沿岸へ、そこから更に2km漕ぐため、往復距離は埋立前の約2倍に。

※註:当記事は「ふなだまり公園」がテーマのため、「祇園舟」についての詳細は割愛しています。詳しくは富岡八幡宮HP『祇園舟神事』をご参照下さい。

 
1980年頃の富岡並木ふなだまり公園

1980年頃の様子(金澤写真より)

1980年頃・富岡並木ふなだまり公園

以前はスワンや手漕ぎボートがあり、売店でチケットを購入し乗ることが出来ました。また、船そのものを設置した遊具も。

ASIAN KUNG-FU GENERATION「君という花」(2003年 豊田利晃監督)のPV撮影ロケ地としても知られ、桟橋・旧東急ストア・ピーターパンや自転車店の跡など当時のふなだまり公園の風景を見ることができます。

 

ふなだまりは富岡川(主に富岡・並木地区の雨水)と海水が混ざりあう汽水域で、塩分濃度は0.3~0.6%。通常約3%といわれる海水とは棲む生物が異なります。埋立前の富岡川河口周辺ではウナギが多く見られたそう。

現在はハゼ・黒鯛などのフィッシングポイントとしても有名で、昼夜問わず釣り人の姿を見ることができます。

富岡並木ふなだまり公園のカニ

2017年の公園敷地再整備の際に砂浜部分を耕したところ、蟹の数が一気に増えたのだそう。巣穴や、穴を掘った時に出る丸い砂の塊が、浜一面に。

富岡並木ふなだまり公園・野鳥

水辺には野鳥も多く見られ、散歩をする住民の目を楽しませてくれます。

富岡並木ふなだまり公園・オイルフェンス

2017年12月オイルフェンスを一新。

祇園舟にも配慮し、さざなみ団地側は取り外しが出来る仕様に。

富岡並木ふなだまり公園・整備後
富岡並木ふなだまり公園

広場では毎年8月の金沢シーサイドタウン連合自治会主催「サマーフェスタ」を始め、住民が集まる場所としてのイベントが行われています。

祇園舟独特の「艪漕ぎ」体験会や、SUPによる水上清掃活動、水質改善を目指す団体も。更に地域住民に愛される場を目指し、多くの活動が行われています。

富岡並木ふなだまり公園・入口
 

協力

富岡八幡宮宮司 佐野主水様

参考文献

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