ブラウンハイム
1丁目第一団地(相鉄ローゼン周辺)と共に、先陣を切って開発されたエリア。昭和53年7月から入居が始まりました。赤いレンガの外壁が特徴的。全8棟204戸。
入居開始当時、周囲には樹木を含め本当に何もなく砂漠のようだったそう。窓を開ければ部屋中が砂だらけになり、学校から帰ってきた子供の足はきな粉をまぶしたようだった…という逸話も。現在の金沢総合高校交差点あたりから手を振れば、ブラウンハイムで見ることが出来たといいます。
昭和53年の航空写真
中央に写っている8棟がブラウンハイム
昭和54年頃 道路整備の様子
(上の写真3枚はブラウンハイムのHPより。管理組合のご厚意で掲載許可を頂いています。転載はご遠慮ください)
学区はすぐ隣の並木中央小学校(旧並木第二小/写真左側)ですが、入居スタート時は第一小しか開校していませんでした。ブラウンハイムの子供たちはいずれ第二小へ転校が決まっていたこともあり、着々と工事の進む学校の姿を楽しみに見守っていたといいます。
ブラウンハイム石碑は当初からあったモニュメントを30周年の際に移設したもの。新しくされた掲示板にも「ブラウンハイム」の名がしっかりと。
周囲に桜が多いのもブラウンハイムの魅力の一つ。並木道には微妙に開花時期の違う種類が混在しているので、長い期間花を楽しむことができます。
大通りと平行して、小さな緑道も設けられています。
写真左は、並木地区では珍しい(と思う)街区表示板。
ゴミ捨て場や駐車場のサインは開発時にデザインされたもの。これらは並木全体で統一使用されています。
和を感じる集会所。団地に設けられた集会所は住民による自主管理が基本なので、利用時間の制限が無く、自由に使えることが大きな強みでもあります。ブラウンハイムではサラリーマンの「飲み会場所」になることもしばしばだとか。
開発当初の並木地区は、駐車台数が戸数の約30%と定められており、ブラウンハイムも204世帯に対し53台分しかありませんでした。入居早々から違法駐車などの問題が浮上し、自治会は駐車場の増設を余儀なくされます。どうやって緑地を残し、安全面を確保するか。住民や市との話し合いを重ね、ブラウンハイムは昭和61年に83台分の増設を実現。以降、他の街区や並木全体の駐車場問題解決の助け手としても、重要な役割を担うことになりました。
駐車場の他にも、開発当初から補修されて使われているものと、新しく設置されたものが様々。入居開始から30年で120世帯が入れ替わったそうですが、丁寧に住み続けられている姿をあちこちに見ることができます。
公園スペースには色鮮やかなモザイクとステージも。通り沿いには、住民の方によって四季折々の花が植えられています。
参考文献
「なみき」並木第一小学校創立10周年記念誌 1988年11月
「わが並二小」並木第二小学校創立五周年記念誌 1985年6月
ブラウンハイム30年記念誌 2009年9月
横浜市調査季報120号 1994年10月
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